第十回「眠れる豹」

「葉桜や 眠れる豹の 美しき」

この句から、皆さんはどんな景色を思い浮かべられたでしょうか。

柔らかい若葉を茂らせた葉桜の下、美しい毛並みの豹が心地よさそうに微睡んでいる。

夢現つの穏やかな情景の中で現れる、はっとさせられるような美しさ。

どんな配色の世界が広がりましたか?

句集「葉桜」

冒頭の句は、初代堀江武が生前にまとめた自身の句集、「葉桜」の中の一句です。

若い頃から趣味人だった祖父の「俳句」という愉しみは、その句を詠んでみると、洛風林の帯づくりにとても通じる感覚があります。

限られた字数の中で豊かな情景を想像させる俳句と同じく、帯づくりもまた限られた巾の中でデザインし、景色を織り上げていくものだからです。

初代の句集の中には、まるで帯の配色を思わせるような色使いの句や、デザインモチーフに出逢った旅先での情景を詠んだ句など、洛風林の帯づくりの背景が観えてくる句がいくつものこされています。

「玉虫を 掌(て)にして帯の 彩思ふ」

「万緑や 高原の花 皆白く」

「白桃や うす紙透けし 蝕(むし)の跡」

「赤ひげを 凍らす人と 火酒呑む」(ロシアにて)

「青ナイル 冬の波立ち 流れやむ」(東欧・アフリカの研究旅行にて)

「玻璃玉に 朝空透けて 市涼し」(台湾にて)

「楽屋より 奈落のぬくし 春の闇」(「春の闇」とは、月のない春の夜のことを表す季語)

色合わせの楽しさや、染織・美術研究旅行で訪れた先で体感した生きた景色、舞台俳優との交流の中で知ったその空気感・・・それらが句を詠むだけでありありと伝わってきます。

「葉桜」の装丁は名古屋帯「南国の星空」の織地で

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私の記憶に残る祖父はすでに仕事を引退し、家で穏やかに療養をしている時期でしたので、帯づくりの仕事をしている時の祖父を私はほとんど知りませんでした。

当時まだ幼い私は祖父のベッドで並んで食事をし、(祖父が苦手だったヨーグルトを母に内緒で頂く任務もありましたが…)食事以外の時間は簡単な雑務をお手伝いする仕事もありました。

仕事といっても祖父が俳句を書き連ねた原稿用紙を一緒に仕分けするまねごとをしたりして遊んでいたのですが、まだ私が幼かったこともあり、ちゃんとした会話をした記憶はほぼ無く、静かなやり取りで遊んでもらっていたのを憶えています。

それから二十年ほどが経ち、私も姉たちに続いて帯づくりの仕事を始めてから改めて「祖父はどのようなものづくりをしていたのか」知りたくなった時、当時から祖父と帯づくりをしてきた機屋さんに昔話を聞かせて頂いたり、祖父の遺した原稿や、旅先でのメモ書きなどをじっくり読んでみることにしたのですが、特にこの句集「葉桜」は祖父の「ものづくり」の感覚や、祖父だけが見てきた景色を生き生きと教えてくれるものだと感じたのでした。

仕事をしていた時の祖父と直接会話出来なくても、祖父の見ていた景色やそこから感じた世界が観えてくる。

初代 堀江武

そんな句集を詠んでいて、中でもその情景にはっとさせられた印象的な句が、この

「葉桜や 眠れる豹の 美しき」という一句でした。

おそらく当時京都市動物園にいた黒豹と、その園内の葉桜がモチーフになっているのではないかと思います。

調べてみると同じ頃、京都出身の日本画家である山口華楊の作品に「黒豹」と「葉ざくら」があり、その画は正に私の想像した句の情景とぴたりと合ったのでした。

祖父が句を思いついた時に観たのは、孫を連れてよく出向いた動物園での景色か、それとも山口華楊の作品だったのか…祖父から直接その句意を聞くことは出来ませんでしたが、

自身の句集の題名にもするほど「葉桜」という存在に思い入れがあった祖父の好んだ「美」を感じることのできる一句です。

葉桜の季節はまだ少し先ですが、満開の花の後の「葉桜」を今年も楽しみにしています。

 

祖父の句をモチーフにした名古屋帯「眠れる豹」

                                    「眠れる豹」2026.03.21

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