第七回「南国の星空」

今年は3年振りに祇園祭の巡行が執り行われ、久々に京都らしい夏を味わうことができました。今まで何気なく迎えていた折々の行事が途切れてしまったこの2年間は、季節の変わり目もどこかぼんやりとして味気ないもので、改めてこの慣習行事が自分の身にもしっかり染み込んでいることに気付かされました。

そしてこの祭事が疫病退散の祈願であることを、より一層意識することとなり、起源となった平安時代の人たちの思いにも少し触れたような気持ちでもあります。

久々に祇園祭りの清々しい活気に煽ってもらい、この夏は元気良く過ごせそうな気がします。

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とは言え、、ここ数日はその活気も萎みそうなほどの暑さが続いています。

打ち水をしてもあっという間に蒸気となって消えてゆき、

涼を感じるはずの風鈴の音は熱気に揺られてなんだか弱々しく、

いつも過ごしやすい場所を教えてくれる猫たちも、溶けてしまいそうに気だるく寝転んでいるのを見かけます。

眩しい陽射しの中、日傘をさして上布をさらりと着こなしていらっしゃる方にお会いしたり、浮世絵や日本画で描かれている美人画の透き通るように涼やかな装いを見ていると、夏の着物姿ってなんて清々しく美しいのだろうかと見惚れてしまいますが、、いざ自ら着るとなるとちょっと気合が必要になってくる暑さです。

川涼みをしたり、木々に囲まれた閑かな寺社などで過ごして避暑するのも良いですが、いっそ南の島に訪れた気分でこの暑さを楽しんでみるのも一つの手でしょうか。

「パレンバンの染織品」 洛風林資料館所蔵

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洛風林には「南国の星空」と名付けられた帯があります。

洛風林作品集「洛風林百選(京都書院)」の中にも収められ、初代堀江武の俳句集である「葉桜」の表紙生地にも使用されたこの帯は、主にパレンバン(インドネシアのスマトラ島南部にある地域)で作られた肩掛けや腰衣のソンケット( Songket:  金銀糸を文緯としたインドネシアの浮織物の総称)を参考に制作しています。

スマトラ島はインドネシアの群島中、最も大陸と近接した島であった為、いち早く大陸文化の影響を受けて紀元後まもなく高度な文化が発展した地域と言われています。

19世紀頃を境に衰減してしまった技術もありますが、スマトラ島の伝統的な染織は絣織、更紗、絞り、印金、刺繍など、地域別の部族ごとに多種多様です。

ソンケットの文様には鋸歯や波形の幾何学文様や花、鳥、魚などの動植物、そして星などが多く見られるのですが、部族や階級、既婚・未婚によっても用いられる文様は異なっていたようです。

その中でもパレンバン族の染織では婚礼衣装に限っては昔も今も階級による区別は無く、かつては平民も王侯と同様の衣装を纏うことが出来たと言われています。(「インドネシア染織体系」吉本忍 著 参照)

堀江武 句集「葉桜」

名古屋帯「南国の星空」は織り上がった当初「星樹文」と名付けられていましたが、しばらくして現在の柄名に命名しなおされています。

「伸び伸びと育った植物を見上げると、その先には夜空を埋め尽くすほどの満天の星…」

そんな帯の中の景色を眺めているうちに、祖父はインドネシアの美しい夜空に想いを馳せ、どうしてもこの帯名を付けたくなったのだと思います。

「南国の星空」は、俳句を嗜み、情景を表現する言葉を楽しんだ祖父のロマンチックなこだわりが感じられる作品の一つです。

九寸名古屋帯「南国の星空」 

今回制作した配色は、白銀の地色に二色の青と銀の混糸で絵柄を織り出しています。

南国の暑さを和らげるような、涼しげな銀河のイメージです。

締めた時には見えませんが、帯を広げた時の景色もまた楽しい大胆なデザインです。

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毎年この時期になると出現する「ペルセウス流星群」は三大流星群の一つ。今年は満月の光に影響されつつも8月12日あたりが一番見えやすくなるとか。(国立天文台発表 参照。)

昼間の熱気も少し和らいだ頃、夜空を眺めて南国の星空に想いを馳せてみるのはいかがでしょうか。

                                                                            葉桜の記 第七回「南国の星空」

2022・8・06

参考 「インドネシア染織体系(吉本忍  著)紫紅社」

              

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