第八回「織り手」

手の表情はその人の日々の生活の中でつくられていくもの。

そう考えると、自分の手はまだまだ眺めたくなるほどの深味が足りないな、、と顧る気持ちになったりもするのですが、「この人の手は日々どう過ごしてつくられてきたんだろう」とじっと眺めてしまう手に出会う事があります。

何かを作る手、鍛錬する手、世話をし、育てる手、癒す手・・・、

日々の作業でかたち作られ、その人の仕事や生活にしっかり馴染んだ手はとても魅力があり、惹きつけられます。

洛風林の八寸名古屋帯を織って頂いている織り手さん、中村さんの手は柔らかでいて清々しい、ずっと眺めていたくなるような手です。

指先で糸の弛みを捌きながら、緯糸を巻いた杼(ひ:経糸に緯糸を通すときに使う道具)を小気味よく動かして織り進めていく作業を見ていると、すっと気持ちが晴れていくような心地良さがあるのです。

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洛風林の八寸名古屋帯には、作り方の異なるものが数種類あります。

                               捺染絣の八寸「木の実集め」、すくい織「ルーマニア花文」

太い節糸でざっくりとした生地が特徴の八寸は、経糸緯糸をそれぞれ染めてから織る「捺染絣」と呼ばれる技法を用いて大胆な絵柄が表現でき、

また生地に少し硬みのある糸を織り込んでいる八寸は、織り手さんが細かい表現が得意で色のグラデーションを繊細に表現する事ができます。

中村さんの織る八寸は、精錬したしなやかな糸で生地を織り、図柄も生地も柔らかい印象のすくい織です。

今年83歳になられる中村さんは、洛風林の八寸を初代の頃からずっと織って頂いている方です。おばあさま、お母様も織り手をされていた中で、14歳から織り手を始められました。

初めの頃は簡単な図柄から教わり、徐々に仕事を覚えていく中でご自身の織り方を身に付けてこられましたが、仕事を始めて間もない頃のお話を伺うと、忙しい時期は朝から夜遅くまで織り続ける日もあり、若い頃はよく過労で寝込むほどの時代もあったそうです。

現在はお家の中に機を設置してお仕事されていますが、長年、機場で他の織り手さん達と一緒に仕事をされた経験がある中村さんは、「織り方の工夫や考え方は、織り手さんによってほんとうにそれぞれなの」、とおっしゃいます。

職人さんと言うと、昔からのやり方を長年守り続けるような頑ななイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、中村さんは新しい試みにも軽やかに挑戦してくださる朗らかでいて、頼もしい方です。

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中村さんとの帯作りは、初めに生地の地色を決め、図案と使用する糸を見て頂いて相談する事から始まりますが、中村さんはお渡しした図案を先ずはよく観て、頭の中にしっかりとかたちを落とし込んでから織り始められます。

機に掛けた経糸に目安となる印を軽く付け、頭の中で明確に全体のイメージをしながら緯糸を織り進めて形を描いていきますが、図案からそのまま写した線だけを追って織ってしまうと微妙な形の違和感や全体のバランスのズレに気づかないまま織り進めてしまうことがあるため、初めに図案をよく理解しておく事が大切なのだそうです。

同じ図案でも、織り手さんによってざっくりと織る方もいれば、細かく滑らかな線を描くように織る方もいらっしゃるので、織り上がった時の印象は変わってきます。

中村さんはすくい織らしい大らかさは残しつつ、できるだけ滑らかな線にしたいので、足踏み綜絖(経糸を上下させる装置)で上がった経糸を更に人差し指の爪先で細かく掬って緯糸を織り込んでいきます。掬う一目が細かい程その線は滑らかに現れるからです。

この作業がしやすいよう、本綴れの織り手さんが爪を櫛状に研ぐように、中村さんの人差し指の爪は糸を掬いやすいように山型に研がれているのです。

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例えば生き物をモチーフにした図柄の場合、目の表現だけで大きく印象が変わってくる為、中村さんは図案のイメージを崩さないよう特に注意して表現されています。

あまり表情を感じさせないようにする場合は四角さを強調した目を織り、凛とした表情の鳥を表す時はなだらかなアーモンド型、そして優しい印象の馬にはほんの一掬い僅かな膨らみを持たせる、という様に小さな中にも図案のイメージをしっかり汲み取って織り上げてくださいます。

帯が完成すると、先ずは客観的に見て「次はこんな風に織ってみましょうか」などお話をするのですが、お互いに想像以上の味わいになって出来上がってきた時は、中村さんと一緒に沸き立つ楽しい瞬間でもあります。

糸の配色は「空色2本にクリーム色1本を合わせて、、」など、織り上がりを想像して細かく選んでいきますが、完成した時の「織色」は絵の具や色鉛筆では表せない表情となって思いがけない色の出方をすることもあり、100%想像通りにならない時の面白さもあるのです。

すくい織「貴州鳥文」

少し複雑な図案をお渡しした時に、「織りにくいところがあれば図案を直しますね」とお話しすると、

「織ってる最中は、これはえらい(大変)なぁ・・・、もう織れへんかな・・・、と考えていたはずなんやけど、織り終えてみたら、いやーすてきやわ…、と思って大変やったん忘れてしまったの。可愛い子を見たら産みの苦しみなんてどこか行ってしまうね。」、と爽快に笑ってくださるので、次はどんな図案を織ってもらおうかとこちらも楽しくなってしまうのです。

中村さんの織られる帯は、その手と人柄と同じく柔らかで、清々しさを感じさせる八寸帯です。

葉桜の記 第八回「織り手」

2023・5・21

コメント

  1. 佐川 より:

    中村さんの手、本当に美しいですね。
    私もぜひ中村さんが織られた帯を身につけてみたいと思います。

    • rakufulin より:

      清々しくて美しい手をされていて、お人柄そのものに思います。中村さんの八寸帯、楽しんで頂ければ嬉しいです。

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