第三回「旅とモチーフ」

澄んだ青空が美しいこの季節は、気温も高過ぎず湿度も低いので資料館での虫干しをするのに適した気候です。

晴れた日には館内の窓と収納棚を開け放ち、タペストリーなどの染織資料や図書資料を広げて、爽やかな秋風を目一杯通していきます。

フィルムカメラで撮影した昔の参考写真なども風通しがてら整理をしているのですが、目に入ってくる景色を眺めていると、その見知らぬ異国の地に思いを馳せてしまい、ついつい作業の手が止まってしまいます。

祖父と父が長年撮り貯めてきた様々な土地での写真は、その旅に同行していない私が見ても、まるで一緒にその場にいたかのように生き生きと感じられます。

現地の渇いた空気や、その場に漂う花やスパイスの香り、 そして珍しそうにカメラを覗く子供たちの楽しそうな声も聞こえてくるようです。

今では実際に見ることができなくなってしまった景色もあり、祖父と父の目から見たその世界は、一般で手に入る写真集とも又違った見え方があります。

祖父も父も旅から戻ると、訪れた先での空気感と感動を帯づくりにも生かしてきましたが、その無邪気な原動力は洛風林の洒落帯づくりにとって、とても重要なものと言えると思います。

当時、出来上がった帯の作品はそれまであまり帯には馴染のない図柄であったり、びっくりするほど斬新なものもありましたが、帯から薫ってくるその異国の空気は、実際現地へ行った事がない人にもその国の想像をかきたてるようなワクワクするものです。 

国内の古くからある民芸品であったり、海外の染織品や工芸品をデザインモチーフとして帯づくりをする時は、なるべくその実際の土地に訪れて肌身で感じたり、歴史的背景も知った方が良いよと父に言われていました。

それは単に色柄だけを帯に写すのではなく何か体温を感じるような、もの作りをしてほしいという意味でもあったと思います。

各地で作られる染織品を見てみると、そこに込められた想いは多種多様にそれぞれです。   

例えば、砂漠にオアシスを描き、豊かな富を象徴した図柄のソーモックのタペストリー。 

花嫁の幸せを願って親族が集まって作るウズベキスタンのスザニ。

母親が産まれたばかりの赤ちゃんと過ごすベッドに飾られた愛らしいスロバキアの天蓋カーテンの刺繍。

その土地に古くから伝わる神話の場面を描いたパナマのモラ。

吉報を知らせてくれる鵲が描かれた李朝の刺繍…。

その土地とそこに生きる人たちにとって深く根付いたモチーフが絵柄となり、込められた意味がある事を知ると、改めて自分がその作品に感じていた魅力の要素に気づくことも出来ます。

父が教えてくれた様に、なるべく現地へ出向き体感する機会を作るようにと考えていますが、ここ最近は遠方への行き来が以前のように気軽なものではなくなっています。

そんな状況の中でも、祖父と父の持ち帰ってきた資料、そして写真や旅行先で記したメモなどは、異国での体感を思い出させてくれるものであり、そしていずれ訪問してみようとワクワクさせてくれるものでもあります。

旅は洛風林の帯づくりにとって大きな影響を与えてくれるものだとよく分かります。

もう暫くは遠方への旅が気軽なものではないかもしれませんが、例えば思い出のある地に因んだデザインの着物や帯で思いを馳せてみたり、花嫁の幸せを願う刺繍をモチーフにした帯の着こなしを親子で考えてみたりするのも、愉しい空想旅行になるかもしれません。

葉桜の記  第三回「旅とモチーフ」 2021・10・22

画像資料:堀江徹雄撮影 ウクライナ・キエフ(1982年)、モンゴル(1980年)

                        

コメント

  1. 西村はなこ より:

    美しい文章に、私も旅をしたのびやかな気分になることができました。いつも楽しみにしております。

    • 工芸帯地洛風林 堀江愛子 より:

      西村はなこ様
      ありがとうございます。旅の気分を味わって頂けてとても嬉しいです。のんびりの投稿ですが…洛風林について少しずつお伝えできればと思います。

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