「蝋燭徳利」

祖父、堀江武が集めた収集品を見ると、年代や制作された国を問わずどこか人肌の温度を感じられるような素朴なものが多く見られます。

祖父が長年愛用していた焼物の一つ、「蝋燭徳利」。 

蝋燭徳利とは和蠟燭の形を模した丹波焼きの伝統的な徳利のことですが、祖父の大切にしていたこの徳利にはちょっとした思い出話があります。 

祖父にとって、職種を問わず交流を深めた方々との時間は何よりも大切なものであり、祖父はその交流の中で「美に触れ、感覚を養い、着手の声を聞く。」というものづくりに大切な事も自然と行っていたように感じます。

銀座で染織工芸のお店「こうげい」をされていた随筆家の白州正子さんとの交流は、そんな時間を共有できたかけがえのないものだったのではないでしょうか。           

当時、白洲さんと祖父が丹波へ織物を見に出掛けた時のこと、寄り道した篠山の道具屋で出会ったのがこの蝋燭徳利だったのですが、当初この徳利は白州さんが手に取られたものでした。 

「丹波布を見に行く。」というその日の目的を果たした帰路の汽車の中、白州さんが戦利品の徳利を取り出し眺めていると、いつも物静かで落ち着いている祖父が目の前で涎を垂らさんばかりに羨ましそうに見つめていたそうで… その表情に見兼ねた白州さんが祖父に徳利を譲って下さったのでした。 

この時の事を白州さんは京都書院別冊洛風林特集の序文「堀江さんのこと」で詳しく書いてくださっているのですが、徳利を譲った数年後に堀江家を訪ねて来られた時のことを次のように話されています。 

「数年経って、お宅へ伺ったとき、馬鹿にいいろうそく徳利に、ほととぎすが活かっている。私がほめると、堀江さんが、例の丹波のあれですよ、といったので思い出した。毎日大事に使って下さっているという。安物であるとはいえ、そういう風に可愛がっていると焼き物は成長する。今はまるで、朝鮮の粉引きのような味合になって、床の間にしっくりおさまっているのが、私にはうれしくもあり、半ばくやしいような心地がした。」(「堀江さんのこと」より抜粋) 

このお話しを読ませていただくと、白州さんに「例の丹波のあれですよ、。」と言った祖父の、少年のように嬉しそうな顔が目に浮かびます。 

日々使っていくなかで、表面に出てきた染みなどがその焼き物の表情を作っていきますが、その表情の現れ方は使う主人によってもきっと違ってくるのだろうと思います。

もし白州さんに育てられていたら、また違った表情になっていたかと想像が膨らみますが、今ではこの徳利が祖父の佇まいそっくりで、家族にとって愛着のある姿になってきているのが、なんだか不思議で、面白いのです。

                                        「蝋燭徳利」

*参考文献:「きもの美ー選ぶ眼 着る心ー」白洲正子著より「丹波布をたずねて」

      「別冊 美と工芸 洛風林 」京都書院

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