第五回「鬼の念仏」

今冬、京都は久々に大雪の日が続き、一面にふかふかと積もった白銀の世界を見ていると子供のようなはしゃいだ気持ちにもなりましたが、同時に思い出したのは子供の頃に見た寒行托鉢の僧の事でした。

寒行托鉢は、この最も寒さが厳しくなる小寒から節分までの期間に主に行われます。(※大原三千院のように十二月に行われる場合もあります。)

毎年、母は寒行托鉢の僧に浄財させて頂くことを欠かさなかったので、この時期になると家事仕事をしながら「声が聞こえてきたら教えてね。」といつも私に念を押していました。

子供ながらに何か大切な仕事を任せてもらった気持ちになり、「絶対に聞き逃してはならない。」という任務感で、玄関近くで静かに耳を澄ませて待っていたのを思い出します。

修行僧の歩みは案外早く、家の前に来られてから母を呼びに行っていてはお経を唱え始めてしまわれるので、僧の歩みと同じリズムで聞こえてくるその声は、こちらに着くまでのカウントダウンの様にも聞こえていました。

遠くの方からかすかに聞こえだすと急いで母を呼びに行き、家の前でお迎えすると僧は早足だった歩みを止めてお経を唱えてくださいました。

唱えて頂いてる間はこちらも合掌して俯くのですが、その時いつも目に入るのはわらじを履いた僧の素足でした。

最近は足袋を履かれていることも多くなりましたが、子供の頃見たその僧の足は、この時期の京都の冷たさに鍛えられてかとても神聖なものに見え、そしてどこか人ではないような雰囲気も感じさせるものでした。

祖父のいた頃から二月になると掛ける軸に、大津絵の「鬼の念仏(鬼の寒念仏)」があります。祖父は軸を収める箱に「二月展」と書いていたので、節分の鬼とも関連づけて二月の作品展の際に掛けていたのだと思いますが、「寒行托鉢の本来の時期も終わる頃、姿を現す鬼」というのもユーモアがあって面白いものです。

この「鬼の念仏」は冷酷非道な者がうわべだけ慈悲深いふりをしていることを風刺していますが、大津に残る「鬼の念仏」伝説には以下のようなものがあります。

「昔大津の町の寺僧にたいへん評判の悪い僧がいたが、本堂の再建に基金が必要となり町の人に相談したところ、『お前は普段から町の評判が悪い人だから、そのつら下げて廻っても寄付は寄らぬであろう。いっそ地蔵さまの面を付けて町を廻れ』と言われた。
ところが町の人たちは面白がって地蔵の面と偽って鬼の面を被せて町へ出してやった。
僧はいくら町を歩いても、鬼の面を付けているので金は一文も寄らなかった。
そこで僧はつくづく日頃の行いを後悔して、角も折れて後日は良き僧侶となった。」(参考「大津絵の技法と解題」徳力冨吉郎より)

とても現実的なお話で、その意味を考えると自戒する気持ちにもなりますが、この人間の煩悩を表した大津絵の鬼の表情は全く恐ろしさは無くとぼけた可愛らしさがあるので、どうにも憎めないところがあります。

「大津絵の 筆のはじめは 何仏」と芭蕉も詠んだように、大津絵の初期は神仏画が主だったそうですが、後に描かれるものでは「藤娘(良縁)」、「鷹匠(利益を収めて失物が手に入る)」、「槍持奴(道中安全)」など、ユーモラスで護符にもなるその大らかな画にはとても親しみを感じます。

八寸名古屋帯「大津絵(奴)」、「大津絵(鷹匠)」

この時期の京都の冷たい空気は、二月になると床の間に現れる大津絵の鬼と、子供の頃見た寒行托鉢の修行僧のどこか人間離れした不思議な雰囲気を毎年思い出ささせてくれます。

葉桜の記 第五回「鬼の念仏」 

2022・2・1

(参考 「柳宗悦全集 十巻 民畫」、「古美術 「大津絵『大津絵の技法と解題』徳力冨吉郎」)

コメント

  1. 小坂部惠子 より:

    早いもので、もう二月ですね。
    素敵な文章を拝見出来て、とても有り難くうれしく思っております。
    元々余程でないと着物を着ない暮らしがみについてしまっていますし、コロナのお蔭で余計に着る機会が減ってしまいました。
    でも、私は高齢者なので、なんとか心がけて着ませんと、しつけ糸の掛かったままの着物がたくさん残っても着物にも帯にも申し訳ないので、何とか頑張って着たいと思っております。
    ご活躍を遠くからですが、応援しております。
    時節柄、どうかくれぐれもご自愛くださいませ。      

    • 工芸帯地洛風林 堀江愛子 より:

      小坂部惠子様 葉桜の記をお読み頂きまして、ありがとうございます。
      あっという間に立春を迎えましたね。お元気でいらっしゃいますか。
      今はまだ以前のようには難しいかと思いますが、また落ち着いてお着物を楽しまれる機会がこれから増えることを祈ります。私達も外出できない時は着物のコーディネートを考えて楽しんでおりましたので、ぜひお家でも楽しんでいただければと思います。
      毎年の展覧会も暫く開催出来ませんでしたが、また予定が決まりましたらこのHPやインスタグラムでお知らせさせて頂きたいと思います。
      メッセージを頂けてとても嬉しかったです。ありがとうございます。
      小坂部様もどうぞお身体ご自愛くださいませ。

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